競馬を見ていると、ふと気になります。「芦毛って、どうしてだんだん白くなるの?」「ソダシみたいな真っ白な馬は、芦毛とは違うの?」——毛色は馬を見分ける一番わかりやすい個性ですが、その裏側には、きちんとした遺伝のしくみがあります。
この記事では、鹿毛・栗毛・芦毛・白毛がどんな遺伝子の組み合わせで決まるのかを、図でやさしく整理します。そして最後に、「芦毛は走らない」「白毛は弱い」といった俗説が科学的に正しいのかも検証します(結論を先に言うと、毛色と強さは別の話です)。
基本の毛色は「2つのスイッチ」で決まる
サラブレッドの基本的な毛色——鹿毛・栗毛・青毛——は、たった2つの遺伝子のスイッチの組み合わせで決まります。難しそうに見えて、実はシンプルな分岐です。
- スイッチ① E遺伝子(MC1R) ― 黒い色素を作れるかどうか。作れない劣性タイプ(
e/e)だと黒が出ず、全身が赤茶系の栗毛になります。 - スイッチ② A遺伝子(ASIP) ― 黒を作れる馬で、その黒を「全身に出すか/末端だけに限定するか」を決めます。末端(たてがみ・四肢・尾)に限定すれば鹿毛、全身に広がれば青毛です。

ポイントは、①が②より優先されること。e/e(栗毛)になった時点で黒は作れないので、A遺伝子が何であっても結果は栗毛です。だからこそ——
一方で、鹿毛は見た目だけでは遺伝子型が分かりません。黒を作れる遺伝子を1つだけ"隠して"持っている(ヘテロの)場合があるからです。だから「鹿毛×鹿毛」からは、配合によって栗毛の仔が出ることもあります。ここが毛色予測の奥深さです。
芦毛は「だんだん白くなる」設定 ― STX17のしわざ
ここが多くの人が驚くポイント。芦毛は「生まれつき白い」のではありません。 生まれたときは鹿毛や栗毛などの原毛色で、歳を重ねるごとに白化していく——いわば"だんだん白くなる設定"なのです。

この白化を起こしているのが、STX17(シンタキシン17)という遺伝子です。2008年の研究(Pielbergら, Nature Genetics)で、芦毛はSTX17のイントロン6にある約4.6kbの配列が重複(コピーが増える)した変異によるものだと特定されました。そしてこの変異は常染色体顕性(優性)遺伝です。
さらに2024年の続報(Nature Communications)では、この重複のコピー数で個体差が出ることも分かってきました。2コピー型(G2)は白化がゆっくりでメラノーマ(黒色腫)が少なめ、3コピー型(G3)は白化が速くメラノーマが多めという傾向です。芦毛とメラノーマ・白斑の関連は研究で確立した知見ですが、これはあくまで集団としての傾向。「芦毛だから必ず病気になる」という話ではなく、特定の馬の健康や予後を言い当てるものでもありません。
白毛(ソダシ)は芦毛とは"別物" ― KITのしわざ
では、ソダシのような真っ白な馬=白毛はどうでしょう。よく芦毛と混同されますが、遺伝学的にはまったくの別物です。

| 芦毛(グレー) | 白毛(ホワイト) | |
|---|---|---|
| 生まれたとき | 鹿毛・栗毛などの原毛色 | 生まれつき白い |
| 変化 | 加齢でだんだん白化 | 生涯ほぼ白いまま |
| 肌の色 | 黒っぽい(原毛色の地肌) | ピンク系 |
| 原因遺伝子 | STX17 | KIT |
白毛はKIT遺伝子の変異によるもので、生まれた時から白く、肌はピンク。日本の白毛サラブレッドの多くは、1996年生まれの牝馬シラユキヒメに由来する一族です。シラユキヒメに突然変異として現れたKIT遺伝子の変異(第17エクソンの欠失で、W14と命名)が、顕性遺伝で子孫に受け継がれています。
この一族には、ソダシ(白毛で世界初のGI制覇)、その母ブチコ、ハヤヤッコ(白毛で世界初の国際重賞制覇)などがいます(いずれも公式登録の毛色)。真っ白なサラブレッドが一つの牝系から広がっている——母系の物語としても味わい深いところです。
両親の毛色から、仔の毛色はどこまで読める?
ここまでをふまえると、両親の毛色から仔の毛色はある程度予測できます。ただし"確実に読める配合"と"読みきれない配合"があります。
- 栗毛×栗毛 → 必ず栗毛(劣性ホモ同士なので確実)
- 芦毛・白毛 → 片親がその毛色でないと出ない(どちらも顕性遺伝)
- 鹿毛どうし → 栗毛が出ることもある(隠れた遺伝子があるため読みきれない)
ちなみにJRAでは、サラブレッドの毛色を8種類(栗毛・栃栗毛・鹿毛・黒鹿毛・青鹿毛・青毛・芦毛・白毛)で登録しています。面白いのは、この8区分と、遺伝子の数が一致しないこと。遺伝子のスイッチは少数でも、見た目の濃淡で区分が増えているのです。
これは、母系の記事で紹介した「ファミリーナンバー(人間の記録)とミトコンドリアDNA(生物学的な実体)のズレ」とよく似た構図です。「人が見た目で分けた区分」と「遺伝子という実体」は、必ずしも1対1で対応しない——血統を遺伝から眺めると、こういう"ズレ"があちこちに見えてきて面白いものです。
「芦毛は走らない」「白毛は弱い」は本当か?
さて、記事の山場です。毛色にまつわる古い俗説——「芦毛は走らない」「夏は芦毛が走る」「白毛は体質が弱い」——これらは科学的に正しいのでしょうか。
結論から言うと、毛色と競走能力は基本的に無関係です。 毛色を決める遺伝子(MC1R・ASIP・STX17・KIT)は、いずれも"色素"に関わる遺伝子であって、心肺機能や筋肉、骨格といった走りの土台を直接決めるものではありません。
実例を見れば一目瞭然です。芦毛ではオグリキャップやタマモクロスが1980年代末に芦毛ブームを巻き起こし、近年もゴールドシップ(GI6勝)やクロノジェネシスがGIを勝ちまくっています。白毛でもソダシがGIを複数勝利。「芦毛は走らない」はとっくに過去のジンクスで、毛色は強さの保証でも欠陥でもありません。
血統好き・一口馬主にどう活きるか
毛色の遺伝を知っておくと、馬を見る楽しみが一段増えます。
- 募集馬の血統表を見て、「この配合なら毛色はこうなりそう」と当たりをつける楽しみが増える(能力とは別の"観賞ポイント"として)
- 芦毛の若駒が「これから白くなっていく」過程を、しくみを知ったうえで眺められる
- "芦毛は走らない"のような俗説に振り回されなくなる(毛色と能力を切り分けて考えられる)
毛色は「見た目」の遺伝。父系の距離適性(スピード遺伝子)、母系の物語(ミトコンドリアDNA)とあわせて読むと、血統表が"色・父系・母系"の三つの軸で立体的に見えてきます。あわせてどうぞ。
- “スピード遺伝子”(ミオスタチン)とは? ― 父系の距離適性と遺伝
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まとめ
馬の基本毛色は、E遺伝子(MC1R)とA遺伝子(ASIP)の2つのスイッチで鹿毛・栗毛・青毛が決まります(栗毛×栗毛は必ず栗毛)。芦毛はSTX17による"加齢で白化"する形質で、生まれは原毛色。白毛(ソダシ)はKITによる別物で、生まれつき白く肌はピンク。どちらも顕性遺伝なので、片親がその毛色でないと出ません。
そして大事なのは——毛色と競走能力は基本的に無関係だということ。「芦毛は走らない」「白毛は弱い」は科学的根拠のない俗説で、芦毛GI馬も白毛GI馬も実在します。毛色は、馬の個性を味わうための一つの窓。能力とは切り分けて、純粋に楽しんでください。
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