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スピード遺伝子の「調べ方」と「有名馬は何型?」 ― ミオスタチン遺伝子検査の実際

「スピード遺伝子」=ミオスタチン(MSTN)の話を知ると、次に湧いてくる疑問はだいたい2つです。「で、どうやって調べるの?」「あの有名馬は何型なの?」。この記事は、その2つに正面から答える"実用編"です。

結論から言うと、調べ方は専用の遺伝子検査があり、距離傾向には早見表があります。ただし——日本の名馬の多くは「実は型が公表されていない」という、ちょっと拍子抜けする現実もあります。そこも含めて、正直に整理します。

この記事で分かること

スピード遺伝子(ミオスタチン)は「どう調べる」のか ― 検査の中身と日本での入手手段

C/C・C/T・T/T の距離傾向が一目で分かる早見表(Hill 2010 の数値ベース)

「公表されている代表馬」と、日本の名馬が"未公表"である事実 ― 遺伝子型は運命ではない

そもそも「スピード遺伝子って何?」という基礎は、姉妹記事の“スピード遺伝子”(ミオスタチン)とは?で解説しています。本記事はその続編(調べ方・代表馬)です。まだの方は先にどうぞ。

①「どう調べる?」― たった1か所のSNPを読む遺伝子検査

スピード遺伝子の型(C/C・C/T・T/T)は、見た目や血統表からは分かりません。判定するのは遺伝子検査です。具体的には、ミオスタチン遺伝子のたった1か所の塩基(専門的には g.66493737 C>T という位置)が C なのか T なのかを読み取ります。父から1本・母から1本を受け継ぐので、その組み合わせで3つの型に分かれる、というわけです。

この検査は、アイルランドの研究から生まれた「スピードジーンテスト(Speed Gene Test)」が事実上の標準になっています。日本では競走馬理化学研究所(LRC)が2013年からライセンスを受けて提供しており、検体1つあたりおよそ4.5万円です。

ここがポイント。この検査は馬主・生産者が申し込む業務向けのサービスで、結果が広く一般公開される制度はありません。基本は依頼者の手元情報です。つまり「気になるあの馬の型」を一般の私たちが公式に知る手段は、原則として無いのです。

例外的に、一部の一口馬主クラブが、募集馬の検査結果を出資者向けに公表しているケースがあります。「この募集馬は C/C型でした」といった情報が資料に載ることがある、というわけです。血統表に距離適性の"もう一つのヒント"が添えられる感覚で、見られると面白い情報です(※もちろん、それだけで出資の良し悪しが決まるものではありません。後述します)。

② C/C・C/T・T/T の距離傾向【早見表】

では型が分かると、何が読めるのか。原典であるHillらの2010年の研究では、3つの型ごとに「最も得意とする距離」の平均が報告されています。図と表で一気に押さえましょう。

ミオスタチン遺伝子のC/C・C/T・T/T型ごとの平均最適距離(約1250m・約1840m・約2115m)を距離軸にプロットした早見表
3型の平均最適距離(Hill 2010)。帯が重なっている=型だけでは断定できないことに注目

タイプ平均最適距離の目安得意な距離の傾向
C/Cスピード型約1,250m(6.2ハロン)短距離(おおむね1,000〜1,800m)
C/T中間型約1,840m(9.1ハロン)中距離(おおむね1,200〜2,000m)
T/Tスタミナ型約2,115m(10.5ハロン)中〜長距離寄り

数字を見ると、C/C → C/T → T/T と進むほど得意距離が長くなる傾向がきれいに出ています。日本のJRA出走馬を集計した調査でも、C/Cは短距離、C/Tは中距離、T/Tはやや長めという同じ傾向が確認されています。

注意したいのは、この「最適距離」は"最も格の高いレースで勝った距離"をもとにした平均だということ。「C/Cだから1,600m以上は走れない」という意味ではありません。 あくまで"いちばん輝きやすい距離の中心"の話です。上の図で帯が重なって見えるのも、そのためです。

③「有名馬は何型?」― 公表されているのは意外と少ない

ここが多くの人がいちばん知りたいところでしょう。ところが正直にお伝えすると——遺伝子型がはっきり「公表」されている有名馬は、ごくわずかです。 検査結果は基本的に非公開なので、当然といえば当然です。

そのなかで確実に公表されている代表格が、英国の名馬 Cracksman(クラックスマン)です。そして、この馬こそが「遺伝子型は運命ではない」という話の主役になります。

馬名距離実績公表/推測
Cracksman(英)C/C中距離(約1.5マイル)でG1複数勝公表(Darley公式)
Dawn Approach(愛)C/C寄りマイルG1。距離延長には慎重論ほぼ公表(報道経由)
キタサンブラック(日)不明菊花賞・天皇賞春など長距離G1未公表
その他の日本の名馬「○型と言われる」止まり推測(未公表)

巷では「あの名馬はC/C」「この名馬はT/T」といった話を見かけますが、その大半は検査機関やオーナーの一次公表ではなく、産駒の傾向などからの"推測"です。たとえばキタサンブラックは、専門記者が「型をどうしても知りたい」とコラムに書くほどで、公式には公表されていません日本では種牡馬の検査結果を発表しない傾向もあり、「○○は確実にTT型」と言い切れる現役名馬は、実はほとんどいないのです。

「○○はTT型」とネットで断言されていても、鵜呑みにしないのが正解です。 一次公表が確認できるのは Cracksman などごく一部。日本の名馬の多くは未公表で、出回っている型は推測です。この記事でも、推測を事実のように書くことは避けています。

④ Cracksman が教えてくれる「遺伝子型 ≠ 運命」

さて、その Cracksman。型はC/C ―― 早見表でいえば「短距離型」です。ところが実際の彼は、約1.5マイル(約2,400m)の中距離G1を複数勝った名馬でした。早見表の傾向とは、まるで逆を行ったわけです。

C/C型の平均最適距離(約1250m)に対し、C/C型のCracksmanが約2400mの中距離G1で活躍したことを対比し、遺伝子型は運命ではないと示した図
C/C型=短距離傾向。しかしC/CのCracksmanは中距離G1で活躍。型は"傾向"であって"運命"ではない

これは検査が間違っていたわけでも、研究が嘘だったわけでもありません。遺伝子型はあくまで"集団としての傾向"であって、1頭1頭の運命を決めるものではない――Cracksman は、それを身をもって示した好例なのです。実際、検査を開発した研究者自身も「C/Cの馬の中にも長めの距離で力を発揮するタイプがいる」と説明しています。

だからこそ、型の使い方には大事な前提が3つあります。

  • ①「傾向」であって「決定」ではない。 多数を集めたときの統計的な偏りで、C/Cでも中長距離で輝く馬、T/Tでも短めで走る馬はいます(Cracksmanがその証拠)。
  • ② 競走能力は1個の遺伝子では決まらない。 距離適性に関わる遺伝子は他にも報告があり、無数の遺伝子と環境の合わせ技です。
  • ③ 環境がとても大きい。 飼養管理・調教・馬場・展開・騎乗――後天的な要素が、最終的な走りを大きく左右します。

スピード遺伝子の型は「適性のヒント」であって、能力や勝敗を保証するものではありません。 検査結果も、育成方針や適距離を考える際の参考材料という位置づけです。「この型だから買い/勝つ」と読み替えるのは、科学の使い方を踏み外しています。

血統好き・一口馬主にどう活きるか

ここまでをまとめると、スピード遺伝子の型は「血統表を立体的に読むための、もう一つのレイヤー」として持っておくのがちょうどいい使い方です。

  • 募集馬の資料に型が載っていたら、距離傾向を考える"ひとつの材料"として眺められる(ただし材料の一つに過ぎない)
  • 「父は短距離型だけど母系にスタミナが濃い」といった配合の"綱引き"を理解する背景知識になる
  • "スピード遺伝子=万能の答え"という売り文句に惑わされなくなる(これが一番大きいかもしれません)

父系のスピード遺伝子と合わせて、母系の話(ミトコンドリアDNA)や血統表そのものの読み方も知っておくと、馬の見え方が一気に立体的になります。あわせてどうぞ。

まとめ

スピード遺伝子の型は、ミオスタチン遺伝子のたった1か所を読む遺伝子検査(国内ではLRCが提供・約4.5万円)で判定できます。ただし結果は基本的に非公開で、私たち一般が知れるのは一部の公表ケースだけ。日本の名馬の多くは、実は型が公表されていません。

距離傾向は C/C(短)/ C/T(中)/ T/T(長) ときれいに出ますが、C/Cで中距離G1を勝った Cracksman が教えてくれるとおり、型は"傾向"であって"運命"ではありません。 だから血統は面白い。スピード遺伝子は、その奥行きを覗く"窓"の一つとして楽しんでください。

参考・出典: Hill, E.W. et al. (2010) "A Sequence Polymorphism in MSTN Predicts Sprinting Ability and Racing Stamina in Thoroughbred Horses." PLoS ONE / JRA「馬の資料室(日高育成牧場ブログ)」サラブレッドの距離適性に関わるミオスタチン遺伝子について / 競走馬理化学研究所(LRC)スピード遺伝子検査 / Darley公式(Cracksman の C:C 判定に関する記事)。本記事は一般に公開された研究知見・公表情報の概要を、初心者向けにまとめたものです。個別馬の遺伝子型は、公表が確認できるもの以外は推測であり断定していません。

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本記事は競走馬の遺伝に関する一般的な研究知見・公表情報を解説する教育目的の記事であり、特定の馬の購入・出資や、遺伝子検査の利用を推奨するものではありません。遺伝子型は競走成績・距離適性を保証しません。個別馬の遺伝子型は、公表が確認できるもの以外は推測であり、本記事は断定していません。出資等の最終判断は、すべて読者ご自身の責任で行ってください。詳細は 免責事項 をご確認ください。

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